キャサリン妃の実家「バックルベリー・マナー」豪邸の全貌
キャサリン妃の実家「バックルベリー・マナー」豪邸の全貌と知られざる歴史
英国王室のプリンセス・オブ・ウェールズ、キャサリン妃の実家がどんな場所か、気になったことはないだろうか。王族の宮殿や公邸とは異なる「一般市民の豪邸」という意味でも、世界中のロイヤルファンの関心を集め続けている場所がある。それが、イングランド西バークシャー州の静かな村バックルベリーに佇む「バックルベリー・マナー」だ。
この邸宅は単なる大きな家ではない。グレードII指定の歴史的建造物でもあり、ミドルトン家という一般家庭の成功と、英国王室との橋渡しになった場所として象徴的な意味を持つ。キャサリン妃が第一子ジョージ王子を出産した後に里帰りし、家族と過ごしたことでも広く知られている。
バックルベリー・マナーとはどんな場所か
バックルベリー・マナーは7つの寝室を持つグレードII指定のジョージア様式の邸宅で、5つの応接室、書斎、図書室のほか、スイミングプールとテニスコートを備え、18エーカー(約7.3ヘクタール)の土地を有している。東京ドームのおよそ1.5個分に相当するその広さは、「豪邸」という言葉が全く大げさでないことを示している。
2012年、バックルベリー・マナーとその18エーカーの敷地は、ウェールズ皇太子妃キャサリンの両親であるマイケル・ミドルトンとキャロル・ミドルトン夫妻によって購入された。購入価格については諸説あるが、邸宅の価格はおよそ470万ポンド(当時の換算で約9億円)とも報じられている。この一件は当時の英国メディアで大きく取り上げられ、ミドルトン家の財力を改めて世間に知らしめた。
邸宅内部 - 格調ある空間の作り
外観だけでなく、内部の作りも非常に充実している。邸宅内にはキャロルとマイケルのリビングルームが2つあり、落ち着いたカラースキームでまとめられ、アームチェアや伝統的な薪暖炉が配置されている。また、大きな木製ダイニングテーブルを備えたキッチンと、巨大なベルックス窓と床から天井まで届く大窓を持つコンサバトリーも備わっている。
ジョージア様式のバックルベリー・マナーの内部には、パネルピラスターと豪華なコーニスが彫り込まれた17世紀初頭のアシュラー製暖炉がある。このような歴史的な建築的細部が、現代の快適さと見事に調和している点が、この邸宅の最大の魅力の一つだろう。
邸宅を囲む18エーカーの敷地には、美しい庭園、テニスコート、孫たちが遊べるスイミングプールなども含まれている。広大な緑の庭は、都会の喧騒から完全に切り離された別世界を提供している。
キャサリン妃の幼少期と実家の関係
実はキャサリン妃が子ども時代を過ごしたのは、このバックルベリー・マナーではない。キャサリン妃が幼少期から大学入学まで実際に暮らしていた家は、ソールズベリーのオークエーカーにある一軒家だった。決して貧しい家庭ではなかったが、現在の邸宅とは規模が大きく異なる。
キャサリン妃とそのきょうだいが育った「オークエーカー」は、赤レンガの外観と豊かな緑に囲まれた家で、庭には植物や花、木々が植えられており、敷地面積はおよそ1.5エーカーほどだった。バックルベリー・マナーと比べると10分の1以下の広さだが、それでも地域の平均的な住宅よりはるかに大きい邸宅だった。
2012年にキャロルとマイケルはバックルベリー・マナーという新たな住居に転居した。報じられた購入価格はおよそ470万ポンドで、以前の家よりもはるかに人目を避けられる立地が、転居の主な理由だったとされている。キャサリン妃がウィリアム王子と婚約・結婚した後、実家への取材圧力が高まっていたことも背景にあったとみられている。
ジョージ王子誕生後の里帰り - 英王室史上初の出来事
バックルベリー・マナーが世界的な注目を集めたのは、キャサリン妃の出産後の里帰りがきっかけだった。出産から2日後の7月24日、キャサリン妃はウィリアム王子とともに、生まれたばかりのジョージ王子を連れてバックルベリー村の実家へ里帰りした。これは英王室史上初めてとなる出来事として記録されている。
このおよそ470万ポンドの豪邸は、キャサリン妃が2013年のジョージ王子誕生後にウィリアム王子とともに数か月間滞在した場所であり、妹のピッパとその夫ジェームズ・マシューズが2017年5月に結婚披露宴を行った場所でもある。婚礼の会場としても使われるほどの格式と広さを持つことが、改めて証明された。
ミドルトン家の成功と「パーティ・ピーシズ」
ミドルトン夫妻がこれほどの豪邸を購入できた背景には、自らが立ち上げたビジネスの成功がある。キャロルとマイケル・ミドルトンが創業したパーティグッズの販売会社「パーティ・ピーシズ(Party Pieces)」は、インターネット販売の先駆けとして英国で大きな成功を収め、2人の総資産はおよそ3000万ポンドにのぼると報じられていた。
しかし近年、その状況に大きな変化が生じた。キャサリン皇太子妃の両親が経営していたパーティグッズ販売会社「パーティ・ピーシズ」は、2023年に多額の負債を抱えたまま経営破綻し、事業が売却された。コロナ禍によるイベント業界全体への打撃が、同社の経営にも深刻な影響を与えたとみられている。豪邸を持つ富裕な一家であっても、ビジネスの浮き沈みからは無縁でいられないという現実を、この出来事は浮き彫りにした。
バックルベリー村 - 英国の歴史が息づく場所
邸宅が位置するバックルベリー村自体も、実は相当な歴史を持つ。バックルベリーは非常に小さな歴史的な村と教区で、村と教区教会は1086年のドゥームズデイ・ブック(土地台帳)にも記録されている。つまり、千年近くにわたる歴史の記録に残る由緒正しい土地なのだ。
もともとバックルベリーの荘園と村はレディング修道院の所有だったが、1538年に解体され、裕福な羊毛商人の息子ジョン・ウィンチコムに売却された。それ以降、幾つかの家系の手を渡り、長い歴史を刻んできた。現代のミドルトン家は、その歴史の連鎖に新たな1ページを加えた存在といえる。
キャサリン妃の闘病とバックルベリー・マナーの役割
2024年初頭にキャサリン妃ががんの診断を受け、自宅で予防的化学療法を行っていた際、彼女にとって最も頼りになるサポートネットワークは、両親のキャロルとマイケルだった。キャサリン妃はウィリアム王子と3人の子どもたちとともに、ロンドンのケンジントン宮殿からウィンザー・ホーム・パークのアデレード・コテージに転居していた。
バックルベリー・マナーは、ウェールズ皇太子夫妻が選んだ新居から車で1時間もかからない距離にあり、キャサリン妃は多くの特別な思い出が宿る実家を気軽に訪れることができる。距離的な近さがもたらす精神的な安心感は、療養中のキャサリン妃にとって何にも代えがたいものだったに違いない。
ミドルトン家と王室の絆 - 豪邸を超えた物語
バックルベリー・マナーは単なる「高価な不動産」ではない。ウィリアム王子もこの邸宅に何度も足を運んでいる。ウィリアムとキャサリンは、サンドリンガムで王室一家とクリスマスを過ごした後、ミドルトン家とともにバックルベリー・マナーでボクシング・デーを過ごしたと報告されている。王族が「妻の実家」を気軽に訪れるというこの習慣は、英国王室の近年の変化を象徴するエピソードでもある。
ミドルトン家は、キャサリン・ミドルトンと王子ウィリアムの2011年4月の結婚以来、英国王室と縁戚関係にある英国の家族だ。その結婚から始まった物語は、バークシャーの静かな村の邸宅を世界地図に刻み込んだ。
まとめ - 豪邸が語るミドルトン家の素顔
キャサリン妃の実家「バックルベリー・マナー」は、7つの寝室、5つの応接室、図書室、スイミングプール、テニスコートを備えた約7ヘクタールの豪邸で、ジョージア様式のグレードII指定建造物だ。購入価格は約470万ポンド。ミドルトン夫妻が2012年に転居したこの邸宅は、キャサリン妃の里帰りや、妹ピッパの結婚披露宴など、数々の王室にまつわるドラマの舞台となってきた。
それでいて、ミドルトン家はこの邸宅をあくまでも「プライベートな家族の空間」として守り続けている。華やかな王室生活と、バークシャーの田舎に根ざした家族の絆。その両方を体現する場所として、バックルベリー・マナーはこれからもキャサリン妃の人生に寄り添い続けるだろう。豪邸の大きさよりも、そこで育まれた家族の絆の深さこそが、この場所を特別たらしめているのかもしれない。